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昭和からのおくりもの(洋食いしだの食べレポ)

2012.11.17 08:00|レストラン
*今日は「続きを読む」をポチリと押すと、雑文が出てくるのですが、長いので、こちらは読まなくてもいいんですよ。いつもコメントを残してくれてる方に本当に迷惑がかかります。コメント下さる方がいらしたら、本文の方だけで構いません、ぜひとも気にしないで下さい。ただ、僕の思い出をちょっとはどこかに書いておきたいなぁっておもったので書かせてもらいました。


昭和が終わって平成が始まった瞬間に世の中が変わったとは思えませんが、不思議と昭和と平成には劇的ではないのだけど、なにか不連続な変化というものを感じてしまうのは僕だけでしょうか。もちろん昭和の方が断然良かったなんて思いませんよ。ただ、僕の中にある色々なものが未だに昭和のままです。比較的理屈っぽい方なのですが、自分の「昭和」な部分は何故かどんなに理不尽であっても、非効率であっても、単なる感傷でしかなくても否定できないんですね。随分と不器用な人間だとは思うのですが、このいかんともし難い僕の性格は「昭和からの贈り物」なのだろうって思って最近はあきらめてます。
じつは自分のなかの昭和をまとめてみようと思い「昭和からの贈り物」という文章を書いていた時期がありました。あんまり評判がよくなかったこともあり辞めちゃいましたけどね。その一部が、以前記事にした今後の更新の予定の言い訳と雑文(ポチリで飛びます)のなかの雑文「渋川テアトル」です。

今回の記事は拙文「昭和からの贈り物」で取り上げようと思ったお店、「いしだ」です。
僕は大学一年生で上京して赤羽に住んだのですが、そこで通っていたお店なんです。僕が大学生になった時にはすでに昭和は終わってましたが、なんとなくこのお店に行っていたのは、消えかけている昭和を自分の手元に置いておきたいと思ったからでしょうか....それもあるんですけどん、実はこのお店とても美味しいんですよ。歳をとって色々な高級なお店に行くこともあったんですが、未だに美味しいと思ってたまにお邪魔してます。


先日久しぶりに伺ったのですがそのときのレポートです。


いしだ店構え

素敵なたたずまい!って思うのは僕だけかもしれませんが、これが泣けてきます。カラフルな看板はご主人の娘さんがボーナスで買ってくれたものだそうで、この看板みる度にここにきてよかったなぁって思います。

お安いメニュいしだ

メニュー上段の写真です。特上ロースかつ定食でも1300円ですかね。なんかあの当時と値段はあんまり変わっていないですねぇ。学生の僕としては手が届かないものではなかったですが、でもいつも食べられるものではなかったです。当時はトンカツが3000円なんてお店も結構あって、バブルはじけたものの、まだまだ強気な外食産業があるなか、こういう洋食屋さんは学生の味方でしたね。
ここのカツはフライパンにラードを入れて焼くようにして揚げます。カツが半分くらい浸るラードの量なので一度ひっくり返すんですよ。ひっくり返す姿がまたカッコいい!
いしだとインド

さて、もう少しメニューを見ると....スパゲッティの欄にお店と同じ名前の「いしだ」というメニューが!
まぁ、当時からあるんですけどね。メニューにも書いてあるとおり、ナポリタンの上にカツをのせて、さらにお店のデミグラスソースがかかってるものです。最初見たときは「なんじゃそりゃ!」って思いましたよ、はい。でもね、これ頼みだすと外せなくなっちゃうんです。今回気合を入れて写真とってきたのですが.....

いしだ2012

これが「いしだ」です!たまらん!!まずナポリタンに入っているのがソーセージってのがたまらんですね。そしてお決まりのピーマンと玉ねぎ!!!そんなナポリタンの上に「並カツ」が乗ってデミグラスが掛かってるんです。ここのお店はたしか並カツでも特上カツでもお肉の質は同じで厚さがちがったはず。いちど、「ちゃんとお金だすから、特上カツを載せて欲しいなぁ」ってお願いしたら、「いや、いしだは並カツのせるのが美味しいんですよ、特上カツじゃ美味しくないんです」って言われました。このカッコよさ!昭和のカッコよさですよねぇ。儲けるよりも、気に入ったものを出す!!!っていう姿勢が素敵です。レストランはお店に客が食事をしにきているのであって、お客の言うことを聞くためにお店があるのではないのです。
オムライススペシャル2012

カミさんが頼んだのは「オムライススペシャル」。スペシャルはナポリタンとサラダが付くんです。この昔ながらのオムライスがいいですね。最近は軟らかい厚みのある卵で巻いてあったり、フワトロってのがケチャップライスの上に乗ってるのもあって、あれはあれで美味しいですけど、やはりこのタイプは外せませんよ。やっと卵が高級品でなくなって庶民が気軽に卵を手にとれるようになった時代、でも卵に憧れを捨てていない、そんな昭和の人達を支えた香ばしいオムライス。我々はこの日本の高度成長期を支えたオムライスを、走り続けながらも決して有頂天にならなかった時代のオムライスを、そして豊になり過ぎてオムライスさえ過剰な進化を遂げたこの現代にひっそりと生きるこのオムライスを、忘れてはいけません。

ミックスグラタン2012

こちらはマカロニグラタンの上にソーセージとピーマンとマッシュルームが乗っているグラタンです。
めったに頼まなかったのですが、なにか食べたくなりました。
当時はBSEが流行るまえで牛タンシチューってのがあって本当にたまに食べました。カミさんとデートするときはよく頼んでましたね。学生だったから、2人で一皿の牛タンシチューを食べて、「牛タンって柔らかくておいしいね」って言いながら食べてました。あのときの贅沢、もう一度したいのですが、今は牛タンシチューを作らないそうです。ああ、残念です.....
インド2012

さて、上のスパゲッティのメニューをみたとき「インド」というメニューがあったのを気付いた方はいらっしゃいますでしょうか。僕が学生のころはあと50円くらい安くて、このお店で食べられる一番お安いものだったんです。だから何度も何度も食べました。お金がないのに、カップラーメンなら何食分かになるのですが、そんなものを食う口は持ち合わせていないと粋がっていて、このインドだけを食べに来たことが何度もありました。ああ、あんな時代、ジャージでふらっとお店に来てた時代、なつかしいけど恥ずかしい時代、そんなものをおもいだしながら注文しました。

僕がどうしてもうまく作れないスパゲッティが二つあります。一つは和風スパゲッティ。もう一つはカレー味のスパゲッティです。当たり前ですが、どうしてもここのカレー味のスパゲッティ、インドは超えられません。食べる価値ありです!!写真は少しお皿の手前が汚れてますが、それは僕が写真を撮る前に嬉しくてたべちゃったからなんです。

さて、昭和からの贈り物は皆さんに届きましたでしょうか。赤羽にあるこの洋食屋さん。もしお近くに行くことがございましたら、お立ち寄り下さい。お休みは2の付く日と3の付く日が基本だったと思います。

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「ウルトラマン研究序説」
発行されたのは奥付をみると1991年の12月だから昭和は終わっている。
昭和のヒーローの代表格であるウルトラマンはもちろん僕の心のなかに今でも息づいているのだけれども
今回はウルトラマン自身のことではなくこの本のお話。僕が大学4年生の卒業間際のとき買いたいと思ったのに買えなかった思い出の本だ。金の帯が掛っている薄い本だけど1400円。なかなか高い本だが買えなかったのは品切れだからでも高価だったからでもなかった。

一年間浪人の後に田舎から脱出して一人暮らしをしながら東京で大学生活をすることになったときは本当に「不安と期待が入り混じっている」という表現がぴったりだった。下宿として借りた部屋の最寄駅は赤羽駅、埼京線で池袋まで20分くらいのところで、駅の周りには飲み屋街があったり商店街があったり随分と上京したばかりの僕には賑やかに見えた。群馬の実家は隣の家まで100メートル以上あるような田舎だったから、赤羽が東京のはずれでそれほど栄えているところではないと気付くのには随分と時間がかかった。

大学までは一時間もあれば到着できるのだけれども、埼京線が殺人的に混雑していること、授業が退屈なことが手伝って僕は大学の授業に通わなくなってしまった。卒業はするつもりだったから語学と出席を取る一般教養の授業は出ていたけども、学問なんて自分で勉強すればいいわけだし大学の授業に通わなくても不思議と「大学からドロップアウトしてしまうのではあるまいか」という不安はなかった。

学校に行かない分、勉強なんかに疲れたらよく赤羽をあてもなく散歩した。商店街というのは一つ一つの店が、今から考えると「昭和」というテーマパークのアトラクションに見えて、そこをブラブラするのは本当に面白かった。すずらん通りを駅の方から歩いてくると、服屋、魚屋、パン屋、ゲーセン、パチンコ屋なんかがあってダイエーの前の道を左に曲がると、角に床屋、それから銭湯、町医者があって、しばらく進むと赤羽警察署があった。
今は移転してしまって警察署はないけれども、僕の借家はこの警察署の裏にあって治安もきっといいだろうと親は安心していた。このすずらん通りから警察署に向かう途中に気になる「店舗」を発見したのは、4月の末くらいだったろうか、もう少し前だったかもしれない。


それは、アルミサッシの扉で中が全部見えるような構えになっていた。中は奥行きは3メートル弱、幅4メートル弱といった大きさで壁が全部本棚になっていて、よく覗いてみると漫画本、文学書、小説なんかが雑多に並んでいて本屋に見えなくはない。左奥の隅には奥の母屋につながっているであろう入り口があり、その入り口の前に小さな机と椅子が置いてあった。奥の母屋と本が並んでる「店舗」とは床面の高さに差があって、店舗から母屋に行くときは大人の膝くらいの段差を登らなければならない。何度か通りかかったが、カーテンが閉まっていて中が見えないこともあれば、カーテンが開いているときもあるが、決まってカーテンが開いているときでも人はいなかった。今の僕なら、薄気味悪がって入ろうとは思わないけれども、当時は少し躊躇はしたものの、暇過ぎることが手伝って、ある日アルミサッシを開けてみることにした。

サッシを開けるとピンポーンと電子音が鳴る仕掛けになっていた。
しばらくすると奥から「はーい」とハスキーな女の人の声がして、バタバタと足音がしたかと思うと、母屋に続く引き戸がガラッと開いて白髪の痩せた初老(?)のおばさんが出てきた。出てきたと思ったら、母屋の入り口のところ、店と母屋との段差を椅子がわりにして、机を前にしてチョコンと腰をおろして、
「いらっしゃいませ」
と言って僕の顔をみてニコニコと笑った。いらっしゃいませと言われても一体何を商売にしてるかわからないので, 「あのー、ここは何屋さんですか?」
と僕は尋ねた。
「はい、貸本屋でございます」
とおばさんは神妙な顔になってペコリと頭をさげながら言った。そして顔を上げたらまたニコニコと笑った。貸本屋というのは全く予想外だった。群馬の田舎には古本屋さえないし、貸本屋という業種は言われれば想像はつくけれども、実際見たことは無く聞いたことさえ初めてだった。とにかく驚いてあまり言葉がでないのだけれど、会話をつづけようと思った。
「ということは、本を貸してくださるんですか?」
「ええ、ここにある本は全てお貸しします、はい」
と真面目な顔で答えた。どうもお客の質問には真面目な顔で応じるというポリシーらしい。
「はー。そうなんですか」といって僕は壁一杯の本をぐるりと見回した。
おばさんは僕の視線を追いながらまたニコニコして、しかも今度は嬉しそうな顔をして僕に話かけてきた。
「貸本屋というのは初めてですか?」
「はい、聞いたのも初めてです。僕の実家の近くにはなかったですねぇ。」
「失礼ですが、どちらのご出身ですか?へー群馬ですか。それで学校に通うのに東京に。」
などと話しが幾らか始まった。が、あまり商売と関係の無い話で僕がベラベラと喋るのもなんだから、
また貸本屋の話に戻した。
「ところで、どうやったら本が借りられるんですか?会員とかになるんですか?」
「えー、それじゃあね、この帳面に住所とお名前、それから電話番号をお願いします」
と言って脇から大学ノートを出してきて鉛筆を差し出した。ノートを帳面というところが、なんとなくお袋と似てて、好感を持ってしまった。僕は言われるままに住所と名前と電話番号を書いておばさんに渡した。
「えーと。○○さん、はい、あらすぐ近くにお住まいなんですねぇ。はー警察の裏?」
とまたまた雑談が始まったが、気になっていることを先に聞くことにした。
「えーと身分証明書は大学の学生証しかないんですけど」
と僕は申し訳ないような口調をして言った。
「あ、結構ですよ。ここに書いて下さるだけで結構です」
とおばさんは当たり前のように言った。

危なっかしい信用の上での商売だなぁと思ったが、つまりこの貸本屋さんの顧客は多くなくて基本的に顔パスなんだろうと理解した。その証拠に会員証なぞの類のものは一切くれる雰囲気は無かったし、「手続きはこれでおしまい」とばかりにおばさんはノートを仕舞ってまた僕の方をみて何か話をしたそうにしていた。とりあえず、このお店の営業時間を聞いてみると、午後の4時から8時までだが、場合によっては3時から開くこともあるとのこと。
随分と呑気な商売があるもんだなぁと思った。あんまり商売と関係ない話が始まるのもおばさんに悪いと思ったので、「それじゃ、今日はこれでも」といって僕は「こち亀」の最新刊を借りて100円払ってお店を後にした。

借りてきた「こち亀」はすぐ読み終わったから、その日のうちに返却してもよかったが、面倒になってやめた。それよりもなによりも夕飯の支度でもしているだろう時間に漫画を返却するためだけに、母屋の奥からあの細身のおばさんを呼び出すのはどうも気の毒な感じがした。次の日に本を返しに行くとおばさんはまた、奥から「はーい」と出て来て机の前にチョコンと座って「いらっしゃいませ」と言う。これだけ丁寧だと「本を返すだけに来ました」とは言えなくなってしまった。

昨日散々と店の説明をさせて100円ポッチをはらい、今日返して何も借りないとするとおばさんは一日あたり僕から50円しか取ってないことになる、と、一瞬のうちに考えてしまった。スーパーの試食でも、一口食べてしまうとつい買わずにはいられない性格の僕としては、こうなると借りたい本があろうが無かろうがとにかく借りるということにして本棚を端から見回した。おばさんは僕の目線を追いながら、ニコニコしているが、それまで沢山漫画を読んだわけでもないので僕は読む漫画に困ってしまった。あまり長い沈黙も苦しいので、
「人気の漫画って何かありますか?」
と聞いてみた。
「『うしおととら』なんて人気らしいですよ」
と言ってくれたので、そんじゃぁそれでと借りることにしてまたまた100円を払って店を後にした。

家に帰って漫画を読みながら少し憂鬱になっていた。こんな調子でおばさんのところに通っていたら、読みたくもない本を借り続けなければならない気がしてきた。もっとも漫画は面白いし、安い娯楽もそんなに無いから悪いわけではないのだけれども、なんとなくこのままズルズル一日100円づつの出費をしてゆくことになりそうだった。お袋に電話すると、
「一日100円くらいならいいがね、おばさんだって大して儲かるわけでもないんだから借りてやんなね」
というのだけれども、100円がどうのというよりも、本を借りないでさっと帰るある意味の「都会ゆえの無情さ」が身に付かないのでは、常に心に秋風吹かせている人々が集まる大東京で、今後どんな一方的に不利な義理立てをしながら生きてゆくことになるのか本当に不安にもなった。こんな性格は「スーパーで試食をしたら必ず一つは買わなければならない」というお袋の教育の賜物ではあり、自分では嫌いな性格ではないのだけれども、スーパーなら試食しなければいいが、今回は何か微妙な人間関係を作ってしまった感があってそれを自分で断ち切らなければならないという大仕事が控えているような気がした。

東京生活が開始早々に大きな難題が突き付けられた気がしてそれが大きな不安になっていたのだとおもう。
大人になれば全く笑ってしまうくらいのヘンテコな不安を抱えながらも「うしおととら」を借り続ける日が続いたある日のこと......
いつものようにアルミサッシを開けて電子音がなって、返事が奥から聞こえた後、おばさんが「いらっしゃいませ」と言ってチョコンとすわって、僕がありがとうございましたといって本を返して、次の巻を借りようとしたら、次の巻だけない。
「おばさん、次の巻がないよ。誰か借りたのかな?」
「あれ、そうですか?、ああ、その巻ね。それはねぇ、昨日売っちゃいました。」
と普通のことの様に言いのけた。
「え!おばさんここにある本売るの?貸本屋さんなのに?」
「ええ、ここにある本は全てお売りいたします、はい。どうぞどれでも」
「ありゃ、それじゃのんびりしてると借りて読めないねぇ」と本当は嫌み混じりに僕がいったら、
「どうぞお早目に」と言ったあとに、おばさんは屈託なく笑った。
僕も笑いだしてしまった。一日一冊づつ本を借りに来る客がいるのに、一方でこれから借りてくれるだろう本を売ってしまう。一応貸本屋と聞いていたので最新刊まではちゃんと読めると思っていた僕が甘かった。なるほど貸すより売る方が単価が高いのだから、売れるときにちゃんと売った方が良いのかもしれない。おばさんの気持ちを察するに、もたもたと借りている方が悪いのだ。そう思って書棚をみると確かにほとんどの漫画は全巻そろっていなくて歯抜けになっている。なんで今まで気付かなかったのだろう。途中の巻が抜けてれば借りる気にもならないのが普通だろうと思えたので、
「それじゃ、今日はこれで」
とおばさんに言ったら「ありがとうございましたー」と乾いた声で送りだしてくれた。借りたい本がなければ借りないで帰る。なんでもないことだった。ちょっとだけ楽になった。


それからしばらくは本を借りなかったけれども、なんとなく暇だったから何でもいいから漫画本でもと思った日があって、借りる決心がないままおばさんの店のアルミサッシを開いた。おばさんが返事をして、チョコンと座るまで今までと何も変わらなかった。おばさんはいつもの「いらっしゃいませ」の後に「お元気でした?」と付け加えたので, 僕は「はい」と答えた。そのあとどういうわけか
「借りると決める前におばさんを奥から呼び出すのは悪い気がしてた」とつい本当のことを言ってしまった。するとおばさんは
「そーんなことございませんのよ」
といって笑って、
「それじゃぁね。なんですからお茶でも飲んでいってゆっくりして下さいな。時間ありますでしょう?」
と言った。
「そりゃ、学生だから時間は売るほどあるけれども、悪いなぁ」
と僕がいうと、
「まぁ、そう言わずに」
と言って机の前の椅子をすすめたあと、おばさんは奥に引っ込んでヤカンに水を入れてガスにかけた。それでもってすぐいつものところに戻って座って僕とおしゃべりを始めた。以前話した出身地の話やら何やらを確認している間にヤカンがピーピーしたのでおばさんは奥に引っ込みお茶を淹れて戻ってきたが僕の分だけだった。「どうぞ」「頂きます」といった会話のあと僕はお茶をすすりながら、逆におばさんのことを聞いてみた。
「何年くらい本屋さんやってるんですか?」
「もう、○○年くらいですかねぇ」
「はぁ、長いですねぇ。そのころは貸本屋さんってのは沢山あったんですか?」
「ええ、沢山ありましてね。今同業者ってのは本当に少なくなりました」
なんてな話をした。どうやらおばさんは結構な高齢で未亡人。息子さんと二人暮らしとのこと。そんなことを聞いて一冊本を借りてその日は店を出たと記憶している。


その後は行く度におばさんはお茶を出してくれた。最初は「おばさん、お構いなく」と言っていたけれども、慣れてくると怖いもので、店に入るなり椅子にどかりと座り「暑くなりましたね」などと時候の挨拶など僕からしだすという様になっていた。一杯お茶をいれてもらって、会話が本格的にはじまる。

おばさんは本当に話がうまかった。二十歳にもならない僕とも長くおしゃべりが出来る話術があって、こちらも心地よくしゃべるし、おばさんも相槌だけでなく僕が感心することや、新聞で読んだこと、昔はこうだったなんてちょっと懐かしいことを話してくれた。内容というより話術が素敵だった。表情がころころと変わって、眉毛も口元も目も本当によく動いて話が良く伝わる。僕もおばさんに笑ってもらったりするのが嬉しくて本当に上手に話をしようと、話かたを毎日考えていた。話たいことを話すのではなく、話たいことを如何に削るかが本当に大事だというのはこの時勉強したと言ってもいい。


目的はどうあれ、おばさんの本業が貸本屋だから。一冊くらいは借りて帰るのだけれども、面倒臭い客のせいで、おばさんからすれば全くの「くたびれ儲け」の日々が続いたと今では思う。でも、ただの一度も嫌な顔をしなかった。今考えれば不愉快な日もあったと思うが、客の質問にたいする受け答えにも見られるように、売り上げは少なくても貸本屋の本当にプロだったのかもしれない。

こんな愉快な日常が東京にもあるというのをお袋に話してみた。
「ふーん、そんでお前は100円ポッチはらってお茶御馳走になってくるんかい?」
と電話の向こうでお袋は笑った。
「うん、まぁ毎日は悪いから時にはさっと借りたりもするけどね」
と言うと
「まぁ、おばさんも忙しくないんだろうけど、あんまり御馳走になるばかりは良くないから、こんどこっちに帰ったときお土産でも買ってゆけばいいがね」
と言った。
「そうだね、なんでもおばさんは『歩く会』とかに入っているらしくて、どっか行って散歩したあと、
お土産買ったりするみたいだけど」
「そうかい、じゃ、甘いもんでも送ってやろうか?」
「いや、帰ったときでいいと思うよ」
「そうかい?とにかくあんまり御馳走にばかりなるんじゃないよ」とお袋は念を押した。

そのうち大学も試験が始まりあんまりおばさんと話す暇もなく、そのまま夏休みに突入して、サークルの合宿に行ったり実家に帰ったりして二か月ほど間があいた。後期が始まる時期になっていよいよ東京に帰る段になると、お袋はおばさんのことを覚えていて僕にお土産を買うように言った。なんとなく二か月も間をあけてしまったし、考えてみると一箱2000円もするお菓子はお茶のお礼にはどうかと思ったがお袋がガンと譲らないので、少し大げさな気もするが大きなお菓子を持って帰りがけにおばさんを訪ねた。

おばさんは久しぶりであるにもかかわらず早速お茶を入れてくれた。僕はお袋からだといいながらお菓子を渡すと大げさに喜んでくれて、久しぶりの実家はどうだったかとか、東京は暑かっただとか、思い出したように「お土産まで頂いてありがたい」などということを何度も言って色々な話をした。

その後はお菓子の効果とも思えないけど、一般の客(そんなものがこの店にいるのかどうかわからないけど)という扱いでは無くなって、延滞料金はおまけになるわ、多めに借りると割引になるわで益々おばさんの商売はくたびれ儲け度を上げていった。ちょっと心配になるくらいだが、若くて周りに甘えるのをなんとも思わなかったせいかお茶を頂いておばさんと面白く会話するためにチョクチョクと通っていた。授業に行くよりはおばさんとおしゃべりする回数の方が多かった。

その年の12月、理由があって赤羽から北赤羽に引越したせいで頻度は格段に下がったけれども、自転車で通えるところだったので週に一度くらいの割合で、おばさんのところにお邪魔していたと思う。奇跡的に北赤羽にも個人経営の貸本屋があった。そこは「真面目な貸本屋さん」だから全巻必ずそろっていて、延滞料金もきっちり取った。店番(経営者)のおばさんは居るんだけども、そっちのおばさんは、話をまくしたててするタイプで、話術には感心するけれども、もっぱら僕は聞き役だから何かほっとするものが無かった。おばさんのところが「ホーム貸本屋」という感覚になっていたので、これが長く続いた理由かもしれない。

北赤羽に引越してから、おばさんとの会話の内容はだんだん濃くなってきて色々なことをおばさんに話していた。おばさんの相槌も、僕の話を受けて話を展開させるのもさらに磨きがかかって、というより本領を発揮しだして本当に楽しい会話になった。

80近い大屋さんに最近彼氏が出来たらしく、家賃を払いに行くのが気まずいんだと話すと、
「まぁ、でも払わないわけいかないですからねぇ、ははははは」
なんて吹き飛ばすこともある一方で屋台のラーメン屋さんがチャルメラを吹いてやってくるんだというと
「懐かしいですね、昔はねぇ...」
などと古い話を、まるでこちらが昭和の映画をみているような感覚になるように話をしてくれたりもした。

新聞屋の勧誘が来て「洗剤を置かせてくれるだけでいいです」なんていうから、玄関に置かせてやったら急に怖い目になって契約を迫るもんだから、ビビって契約した話をしたら、おばさんはとても気の毒だと同情してくれた。さらに数日あとに、新たな新聞勧誘員がやってきて、泣きそうな目で僕を見て洗剤の単価まで説明されたので、かわいそうになって契約したんだけど考えてみると、学生よりかわいそうな奴もいないから何で同情なんかしたんだろうと話すと、
「それが手なんでしょうね。色々な手があるらしいですよ。」
なんて相槌を打ってくれた。
「でもおばさん、そのせいで僕の家には二つも新聞がくるんだよ、どうしよう」
なんていうと大きな声で
「まぁ、同時に取ることにしたの?ははは、読み比べもいいんじゃないですかねぇ、あはははは」
なんて軽く吹き飛ばしてくれもした。

僕の表情を見ながら絶妙なおしゃべりをしてくれたし、僕もおばさんの話術を真似したいと思って懸命に聞いたり喋ったりもした。おばさんとの会話はとてもゆっくりとした呑気な内容だったけれども、あっという間に時間が流れて僕の午後のお茶のひと時をいつも平和に与えてくれていた。

あたりまえだけど、こんな平和な生活は大学生のうちだけに決まっていた。とうとうというか、やっと4年生になり、僕は希望がうまくいかず東京を離れて東北、仙台に住まなければならないことになった。言ってみれば都落ちな人生を歩く感じがしていて本当に気持ちが沈むことが多くなった。

この頃から僕はおばさんとの思いでを振り返るようになったが、楽しいと思う反面、随分と迷惑をかけていたのではないかと思うようになって、本当に気が重くなってしまった。色々人生がうまくいかなかったせいで、ネガティブな思考に陥ってたせいかもしれない。おばさんは僕が帰ったあと疲れて溜息でもついているのだろうか?単価が安い悪い客なんだろうか?なんて思い出して本当に自分が恥ずかしく、つまらなく、馬鹿な人間に思えてきた。夜中天井を見ながら横になりながらも、とにかくおばさんとの思い出がすべて自分一人で踊り狂っていた狂言の様な気がして本当に嫌になった。でもおばさんは好きだし、ここは去り際に大きく(といっても大したことはないけど)おばさんに儲けてもらうことくらいしか自分を納得させることができない気がしてきていた。

今考えても、こんなこと考えてたなんて本当に馬鹿だったと思う。

東京への未練を断とうと思って、僕は2月から仙台に引越すことにした。おばさんにはいつ挨拶をしようかと思ったけれども、ギリギリまで挨拶を遅らして結局挨拶ができないという不義理をするよりも、少し早めにお別れの挨拶をすることにした。お別れの挨拶をしてしまうと、まだ東京にいるのにおばさんのところに行けなくなってしまうけども、覚悟を決めた。

いつもの様にアルミサッシを開けてチャイムがなっておばさんが返事をして奥から出てくる。


「おばさん、今日はお別れの挨拶にきたんだよ」
「まぁ、いよいよお引っ越しですか。お時間あるならお茶でも如何ですか」
といつもの様にお茶をすすめてくれた。お茶を頂きながらもう4年もお世話になったことや、借りようと思った漫画が売られて読めなかった思い出、この4年でこの周りの店も潰れたり新しいのが出来たりなどという思いで話、その他色々な話をしながら時間を過ごして、「そろそろおいとま...」というとおばさんは「もう一杯如何ですか?」などとお茶をすすめてくれた。いつも以上にホッとするゆっくりとした時間が流れた。僕もすすめられるままにお茶を飲んでいたけれども、「本当にそろそろおいとましようと思います」といって椅子から立ち上がった。

この日はおばさんのところで一番高い本を買おうと思っていた。もしこの4年間おばさんに迷惑をかけ続けたとしたら、それが僕ができる一番のことだと思っていたから。おばさんのとこの本はあんまり売れないし、高い本ならなおさら。何日か前から本棚を端からみてみて、高い本を探しあてていた。

「おばさん、この本売って下さい。」
といって僕は一つの本をとった。ウルトラマン研究序説だ。
「あぁ、ウルトラマンとか小さいころよく見てました?」
「大好きだったなぁ。再放送とか朝の5時半とかだったけど早起きして見たりしてました。この本は
ウルトラマンを大の大人が真面目に議論してる本だって聞いたことがあるから読んでみたいと思ってたんです。」

「それでは、記念に差し上げますよ」とおばさんは言った。


僕は焦ってしまった。それは気になっていた本だけど、効率の悪い客だった罪滅ぼしのつもりだったのに。
「おばさんそんなわけいかないよ、ちゃんと商売してよ」
と僕は笑いながら、半分困ったような顔をして言った。
「いいえ、差し上げます」
と凛とした口調でおばさんは譲らなかった。

本当に自分が嫌になった。よりによって一番高い本をおばさんから頂くことになってしまった。
あんなにおばさんと一杯おしゃべりをしたのに、何一つ僕はおばさんを見ていなかったのだろうか。
そうだ、この4年間のおばさんとの会話は本物だったんだ。店の人と客という営業の間柄ではなく、僕はおばさんと人間としておしゃべりしてたのに決まってたんだ。自分のつまらない挫折で、希望が通らず自信を失っていたこと、サークルの人間関係が嫌で嫌であんまり人間が好きでなくなっていたり、そんな自分の下らないくよくよした気持ちが周りのものをつい悪い方悪い方に見てしまっていることに本当に気付いた。おばさんならお別れに本をくれるに決まっていたんだ。なんで手土産持って行って挨拶だけにしなかったのだろう。本当にはっきりと物事が分かったけど、頭の中はごちゃごちゃになって行く。ついに僕は自分の馬鹿を諦めた。

「おばさん、じゃ、ありがたく頂きます。仙台からお土産もってくるから」と僕は言い訳がましく言った。
「まぁ、そんなお気づかいなくまた来て下さい」といっておばさんはいつものようにカラカラと笑った。
僕はアルミサッシを閉めながらおばさんに何度も頭を下げて、お礼をいった。


それからおばさんを尋ねたのは3年後だったと思う。彼女(今のカミサン)と一緒に洋食のいしだで食事をすることにしていたから、東北からササカマを持っておばさんを久しぶりに尋ねてみることにした。3年もの長い不義理な気がしたが、おばさんの店はいつものようにあって何となくほっとした。
「ねぇ、ちょっとそこらで時間潰してくれないかなぁ。俺おばさんとゆっくり話すよ。多分お茶いれてくれると思うんだ」
と彼女に頼んだら
「ゆっくりしておいで」
といってくれた。アルミサッシを開けると、あのときと変わらないチャイムがなって奥から全く変わらないおばさんがでてきた。おばさんは大きな口を開けて驚いたと思ったら、
「あらあら、えーーと、○○さん!そうでしょう?」
と笑顔で迎えてくれた。僕の名前まで覚えていてくれた。僕は御無沙汰の挨拶をしてササカマを出して、当たり前のお土産で悪いとお詫びして、3年前と同じように椅子にすわった。おばさんは当たり前のように奥に引っ込んでお茶の用意をしてくれた。「仙台は寒いか」などという会話から昔の話まで、30分以上していたと思う。おばさんはアルミサッシの出入り口まで僕を見送りに来てくれて「それじゃまた」といって笑ってくれた。「また来ます」といって僕は一度振り返って彼女の待つだろすずらん通りの本屋に向かった。やっぱり儲けにもならない僕と楽しくおしゃべりしてくれた。
「もっと話してくればよかったのに」
「んー。まぁちょうどいいだろう。それにまた来ればいいんだよ」
この時点でも僕はおばさんに遠慮していた。貸本屋の客ではなく昔の知り合いとして振る舞うにはこれくらいの時間がいいだろうと思った。それに、またくればいい、それでいい、そうに決まってる。とても強く決心したけれども同時に自分に嘘をついていないか不安にもなった。残念だったが不安が的中して僕はその後長い間赤羽に足を向けなかった。


東京で仕事をするまでさらに数年かかったけれども、東京に戻ってからも一年くらいはなんとなく赤羽には足が向かなかった。「あまりにも長くおばさんにあってないから忘れられてるかなぁ」、くらいなら勇気をだして会いに行ったろう。「昔お世話になったものです」と挨拶すればいい。そういう挨拶ができるくらいの大人にはなっていた。足が向かなかった本当の理由はおばさんが本屋を閉めて、いやもしかして亡くなっているかもしれないと怖い想像をしてしまったからだ。あのまま僕の思い出の登場人物にして取っておこう、僕が赤羽のあの場所に行かなければいつまでも思い出の中でおばさんはあの店をやっているのだから、そんなことを思うとなおさら行けなかった。

でもある日、行くことにした。お土産も何も持たず、ただおばさんに会いに行こうと決心して出かけた。赤羽駅は大きく綺麗になっていて、すずらん通りは巨大な屋根の付いた通りになっていて、昔ながらの商店街ではなくチェーン店が多く店を構える通りになっていた。ダイエーの前の道を左に曲がると、もう町医者はなく、しばらく歩くとおばさんの店が。おばさんの店のアルミサッシの入り口にカーテンがかかっていてくれたら僕はどれだけ救われたろう。でも、アルミサッシはなく茶色いトタンの壁に変わっていてお店ではなくなっていた。窓があったから中を覗いてみたが本棚もなくなっていた。もう店舗ではなかった。「ああ、来るのが遅すぎた」と思った。

こんな結末は分かっていたが、分かっていたが、僕は自分の不義理が悔しかった。
もう一度だけおばさんに会いたかった。あのとき本を買えずに譲ってもらったのは僕が馬鹿だったからだと説明したかった。本当に年齢が離れていたけれどもお友達であったと、もう一度会えば確信できたと、それだけが悲しかった。

おばさんが僕とおしゃべりしていたのは営業していただけなのではないかと、少しでも疑ってしまったことの影響は今でも残っていて、僕に好意を持ってくれたり、友達になってくれたりする人に少しだけ疑いを持ってしまうことがある。だってあのおばさん以上に素敵におしゃべりするなんてこと無いわけで、そんなおばさんを疑ったのにこの人をそのまま信じちゃうの?って思ってしまう。本当は嫌々話をしているんじゃないのかな?面倒くさいのかな?本当は僕を嫌いなんじゃないかな?と。

赤羽のおばさんともう一度だけ会って、楽しくおしゃべりできたらそんなこと思わなくなるんじゃないかと思う。おばさんは亡くなったのだろうか、今でもあまり考えたくない。昭和の時代をひきずった呑気な貸本屋さんから頂いたちょっとほろ苦い思い出。これも昭和からの贈り物だと、半分あきらめ、半分反省をし、僕の人格の一部として大事にしていこうと思っている。

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コメント:

No title

主夫太郎さん、こんにちは。
「昭和」、随分昔物語。
私の実家は、小さな小さな本屋でした。昭和の高度成長期に、父が脱サラしてはじめました。あのころの本屋は、今のように沢山の本はありませんでした。月刊誌や週刊誌は売り出し前夜に本が自宅に届くのです。付録を本誌に挟んだり、余った付録を貰ったり、まるで「3丁目の夕日」のような生活でしたね(笑)
そんな本との関わりのある思い出は、沢山あります。
 おばあさんは、主夫太郎さんの心の中にいつまでも当時のままで生き続けることができて、幸せですね。「誰かが自分が生きていたことを覚えていてくれる」それでよいのですね、きっと。

No title

こんにちは。

こういうレトロなお店大好きです~
お蕎麦屋さんとかもそうだけど、落ち着きますよね。
牛タンシチューも懐かしいぃ~
なんだかほっこりしました☆

ついでっていうか、赤羽も懐かしいです。
高校が近くだったのです!
四半世紀も前だけど。。。(汗)

No title

こんにちは☆
とっても美味しそうですね♪
美味しい雰囲気が漂ってきます(*´∀`*)
学生の頃友達とこーゆー雰囲気のお店めぐりしてたの思い出しました♪

美味しそう~

こんにちは~
とっても素敵なお話聞けて、嬉しいで~す!
私も18歳で上京、こちらでの生活がかなり長いですが、思い出もたくさんあります...
私も昭和人ですからね~
こういう昭和っぽいお店、大好きです☆
お料理、とっても美味しそう~~
ちょっと、長崎のトルコライスの面影もあり、とても食べてみたいて~す!
レトロな感じで、ゆったりとした時間の中で、お食事最高ですよね♪
思い出の場所にあるお店、まだあると良いのですが...
かなり長く行ってないので、なくなっている可能性大かな...
素敵なお話、どうもありがとうございました~☆

No title

懐かしの喫茶店って、なかなか忘れられないし
忘れたくないものですよね。
学生時代に頻繁に通っていた喫茶店が東京の西の外れにあるのですが、
近くまで寄った際、当時の彼氏(現在は夫)を連れてその喫茶店に寄ったことを思い出しました。
懐かしの美味し~い豆腐グラタンやパンプキン・パイを食べて
幸せだったなぁぁ。

そんな個人的回想はさておき、
おおお、これぞ喫茶店のナポリタンって感じですね☆
ツヤも伝わってきます。写真の奥行き感も良いですね♪
薄焼き玉子のオムライスも大好きですー。
卵たっぷりのふわとろも勿論大好きですが、正統派(?)薄焼きも今でも大好きです。

しかしお二人で4品ですか。すごい量ですねー!
懐かしい思い出が食欲を増進させたのでしょうね☆ 楽しい素敵なひと時のお裾分け、ありがとうございました☆

No title

こんばんは~
素敵なお話ですね
昭和と平成の時代の切れ間に流れた青春のひと時ですね
誰もがそれぞれの中に忘れられない時間があり
思い起こすと素敵な思い出として甦ってくるひと時がある事でしょう

無性に青春時代を過ごした武蔵野や
吉祥寺あたりを訪ねてみたくなる時があります
あの風景というよりはあの時の自分に戻ってみたくなります

No title

こんばんは。
昭和が香る素敵なお店ですね。
昔のままの店構えとメニューがまた
嬉しいですよね^^v

そうそう、ナポリタンは赤ウインナーじゃないとね^^
(こちらのナポリタンは熱々の鉄板の上に卵焼きを
敷いた上に出て来ます)
子供の頃、お肉屋さんで買って食べたハムカツも
赤い安いハムじゃないと美味しくないんです!!^^;
不思議ですよね。。。
オムライスも私が普段作るものに似てますし
私もこのお店、好きになると思います♪

おはようございます!

私は、まさに昭和を生きてきたので、、未だに平成ってピンんときません。
子供の頃の楽しかった思い出、怖かった思い出は、今でもしっかり 覚えているものですね。
洋食屋さん、大好きです。この洋食屋さん、のれんがかかっているんですね。。
奥様と共有できる思い出に、洋食屋さんがあるのも羨ましいです。
ナポリタンもオムライスも、家庭の味に近いけど、なかなか家では出せない味!食べに行きたいです。。
素的な思い出、洋食屋さんの話、聞かせて頂きありがとうございました!!
あの頃に(どの頃に?)タイムスリップしちゃいました♪

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Re: No title

masakohimeさん コメント有難うございます。

> 「昭和」、随分昔物語。
> 私の実家は、小さな小さな本屋でした。昭和の高度成長期に、父が脱サラしてはじめました。あのころの本屋は、今のように沢山の本はありませんでした。月刊誌や週刊誌は売り出し前夜に本が自宅に届くのです。付録を本誌に挟んだり、余った付録を貰ったり、まるで「3丁目の夕日」のような生活でしたね(笑)


おお、続きを読むを読んで下さったご様子。長文にてご迷惑をおかけいたしました。
本屋の娘さんだったのですね。本屋さんが本当にいい感じの時代でしたね。
素敵なお話有難うございます。



>  おばあさんは、主夫太郎さんの心の中にいつまでも当時のままで生き続けることができて、幸せですね。「誰かが自分が生きていたことを覚えていてくれる」それでよいのですね、きっと。


そういっていただけるだけでホットしますね。
なるべく不義理がないようにと、あれから思っているんですが、なかなか成長しきれないです。

Re: No title

よーこっぺさん コメント有難うございます。

> こういうレトロなお店大好きです~
> お蕎麦屋さんとかもそうだけど、落ち着きますよね。
> 牛タンシチューも懐かしいぃ~
> なんだかほっこりしました☆

ありがとうございます。
レトロブームってありましたが、今はブームではないものの、
昔のものが見直されてますよね。

> ついでっていうか、赤羽も懐かしいです。
> 高校が近くだったのです!
> 四半世紀も前だけど。。。(汗)

あら、もしかしたらすれ違ってるんでしょうかね。
運命です(笑)

Re: No title

みやびさん コメント有難うございます。

> 美味しい雰囲気が漂ってきます(*´∀`*)
> 学生の頃友達とこーゆー雰囲気のお店めぐりしてたの思い出しました♪

学生時代って特別な匂いがありますよね。
年取ったのかなぁ。

Re: 美味しそう~

まひまひゆかりんさん コメント有難うございます。


> 私も18歳で上京、こちらでの生活がかなり長いですが、思い出もたくさんあります...
> 私も昭和人ですからね~
> こういう昭和っぽいお店、大好きです☆

ん~昭和ってどうしてこういう香りがするんですかねぇ。
明治も大正もしりませんが、おばあちゃんとかが昔を語るときは
こういう気持ちだったのかなぁって今分かります。

> レトロな感じで、ゆったりとした時間の中で、お食事最高ですよね♪
> 思い出の場所にあるお店、まだあると良いのですが...
> かなり長く行ってないので、なくなっている可能性大かな...

思い立ったら出かけてみるのがいいかもしれませんね。
思い出の場所があっても無くてもそれなりのことを思い出しますからねぇ。
是非とも!

Re: No title

葉っぱさん コメント有難うございます。

> 学生時代に頻繁に通っていた喫茶店が東京の西の外れにあるのですが、
> 近くまで寄った際、当時の彼氏(現在は夫)を連れてその喫茶店に寄ったことを思い出しました。
> 懐かしの美味し~い豆腐グラタンやパンプキン・パイを食べて
> 幸せだったなぁぁ。

一生懸命何かに抗いながら生きていたはずですが、学生時代は何故か幸せに感じますよね。
大抵のものを信じられるあの時代。もう一度来ないかなぁって思いますが、こないのでしょうね。



> おおお、これぞ喫茶店のナポリタンって感じですね☆
> ツヤも伝わってきます。写真の奥行き感も良いですね♪
> 薄焼き玉子のオムライスも大好きですー。
> 卵たっぷりのふわとろも勿論大好きですが、正統派(?)薄焼きも今でも大好きです。

そうそう、良すぎるものの一歩手前というものは、美しいものですよね。
オムライス、ああ、また食べたい!

> しかしお二人で4品ですか。すごい量ですねー!
> 懐かしい思い出が食欲を増進させたのでしょうね☆ 楽しい素敵なひと時のお裾分け、ありがとうございました☆

長文にお付き合い頂きありがとうございます。
ついつい学生時代と同じく欲張っちゃいました。

Re: No title

きゃりあおばさんさん コメント有難うございます。

> 昭和と平成の時代の切れ間に流れた青春のひと時ですね
> 誰もがそれぞれの中に忘れられない時間があり
> 思い起こすと素敵な思い出として甦ってくるひと時がある事でしょう

不思議と学生時代って美しいですね。
汚い格好して歩いてましたが。
ああ、今の学生さんはあの頃の僕に比べてとても綺麗ですねぇ。
時代ですねぇ。

> 無性に青春時代を過ごした武蔵野や
> 吉祥寺あたりを訪ねてみたくなる時があります
> あの風景というよりはあの時の自分に戻ってみたくなります


是非是非行ってみて下さい。
戻れますよ、あの頃に。

Re: No title

shoko♪さん コメント有難うございます。

> そうそう、ナポリタンは赤ウインナーじゃないとね^^
> (こちらのナポリタンは熱々の鉄板の上に卵焼きを
> 敷いた上に出て来ます)
> 子供の頃、お肉屋さんで買って食べたハムカツも
> 赤い安いハムじゃないと美味しくないんです!!^^;
> 不思議ですよね。。。


こういうこだわりがとっても大事ですよね~
こういう微妙なこだわりなんですけど、そこに昭和が生きてます(笑)

> オムライスも私が普段作るものに似てますし
> 私もこのお店、好きになると思います♪

おお、そうですか。
良すぎるオムライスもいいですが、こういうオムライス、僕は残って欲しいと思ってます。

Re: おはようございます!

きりまりママさん コメント有難うございます。

> 私は、まさに昭和を生きてきたので、、未だに平成ってピンんときません。

もう24年も経ってますがそのとおり!

> 洋食屋さん、大好きです。この洋食屋さん、のれんがかかっているんですね。。
> 奥様と共有できる思い出に、洋食屋さんがあるのも羨ましいです。
> ナポリタンもオムライスも、家庭の味に近いけど、なかなか家では出せない味!食べに行きたいです。。
> 素的な思い出、洋食屋さんの話、聞かせて頂きありがとうございました!!
> あの頃に(どの頃に?)タイムスリップしちゃいました♪

長文にお付き合い頂きありがとうございました。
タイムスリップって、まぁ、確かにこの歳になると簡単にできますよね。
若い人にはできないのは、過去に戻るほど過去がないからですよね。
SF小説にでてくるタイムスリップとは違いますが。


No title

こんにちわ~♪

レトロで雰囲気のある素敵なお店ですね~♪
それにお値段もお財布に優しくて
とっても美味しそうです^^
近所にあったら、絶対に通いそうです(笑)

先日、、赤羽に行って驚きました!!
駅前のお店の多さ、活気・・凄かったです!!
また行ってみたいなぁ

ポチっ!!おうえーん*

No title

おはようございます^^
まさに昭和。。。
こういう趣のお店もどんどん少なくなってきちゃってますよね。。。
まだ健在ってのが嬉しいですね^^

No title

こういう昭和のお店がまだ残っているって嬉しいですね~
私も同世代ですし、私の中にも昭和のままな部分って
けっこうあります。
あの頃はよかった~なんて思うこともしばしば。
こういうお店のこういう料理は本当にホッとしますね。
この「いしだ」700円はとっても美味しそう!

No title

先日森光子さんの訃報を聞き、『ああ、昭和は完全に終わってしまった』と深いため息をついたばかりです。
良いお店ですね。
知らないうちに人気になってしまって、ちょっとこれみよがしで、ちょっとお高めな『日本の洋食屋』になってしまったお店も多い中、とっても自然体でお値段も据え置き。
店主さんは儲けよりもお客さんに喜んでもらえるほうが嬉しいのでしょうね。
付け合せがケチャップ味のスパだったり、昔お肉屋さんで売っていたようなポテトサラダだったりすると凄く嬉しくなります。
とっても温かい貸本屋さんのおばさんとのエピソード、短編映画のようにその情景が目に浮かんできました。
主夫太郎さん、作家兼脚本家になれますよ。
おばさんは誰に演じてもらおうかなんて配役まで考えてしまいました(笑)
日本の若い俳優さんを知らないので、主夫太郎さんを演じる役者さんが思い浮かばなかったのが残念。
素晴らしいお母様をいつまでも大切にしてくださいね。

No title

主夫太郎さん、こんばんは。
奥様とご一緒に、
学生時代の思い出の地を訪ねられたのですね。
ナポリタンに、サクッサクの大きなカツがのって
デミソースが添えてある‘いしだ’、
ボリュームがあって、おいしそう♪♪♪。
薄焼きたまごのオムライスは、大好きです。
ミニナポリタン付きのスペシャルが、嬉しいです。
主夫太郎さん、学生時代の貸し本屋さんとの出会い…に、
‘赤羽は、第二のふるさと’を感じました。
主夫太郎さんの元気の源は、ここにあるのですね。
よいお話を、ありがとうございます。

No title

思い出が詰まってますね♪
コレを食べるときっとアノ頃にタイムスリップしちゃうんでしょうね♪
並カツのポリシー素敵すぎます。
少なくなってきましたが、こういうお店、続いて欲しいですね
私の思い出。
昭和の店は時代と共に完全に思い出となってしまいましたよ・・
それもまた・・・ですね☆

Re: No title

マムチさん コメント有難うございます。

> とっても美味しそうです^^
> 近所にあったら、絶対に通いそうです(笑)

お近くにお立ち寄りの際は是非!

> 先日、、赤羽に行って驚きました!!
> 駅前のお店の多さ、活気・・凄かったです!!
> また行ってみたいなぁ

本当に変わって、昭和チックなところが少なくなりました。
浅草のように江戸の雰囲気を残す方法と同じく、
昭和を残す方法をとったら面白い街だと思ったのですが、
どうもそういう方向には行きませんでしたね。
当然かなぁ(笑)

Re: No title

ゆんさん コメント有難うございます。

> まさに昭和。。。
> こういう趣のお店もどんどん少なくなってきちゃってますよね。。。
> まだ健在ってのが嬉しいですね^^

そうですね。僕大好きです。
昭和、いずれは明治と同様にかなり薄い存在になりますが、
もうしばらく待って欲しいなって思います。

Re: No title

suzuさん コメントありがとうございます。

> こういう昭和のお店がまだ残っているって嬉しいですね~
> 私も同世代ですし、私の中にも昭和のままな部分って
> けっこうあります。

近代化を目指す無骨な明治、はいからな大正、昭和はなんて言えばいいでしょうか。
幸せがウナギ登りな時代だったでしょうかね。
インターネットもないし、庶民が飛行機に乗れる時代でもなく、
戦争に始まり、空気は汚れ、公害が起き、ヤクザが跋扈し政官の癒着も年末の道路工事もあったあの時代。
酷い時代なのに、庶民はそこに何かあったと信じたいですよね。
何があったのでしょうかね。うまく説明できませんよ。
でもなにか大事にしたいですねぇ。

Re: No title

タヌ子さん コメント有難うございます。

> 先日森光子さんの訃報を聞き、『ああ、昭和は完全に終わってしまった』と深いため息をついたばかりです。

カミさんは森さんが元気なときに舞台「放浪記」を見たそうです。
ん~時代をちゃんと目に焼き付けていて羨ましいです。

> 知らないうちに人気になってしまって、ちょっとこれみよがしで、
> ちょっとお高めな『日本の洋食屋』になってしまったお店も多い中、とっても自然体でお値段も据え置き。
> 店主さんは儲けよりもお客さんに喜んでもらえるほうが嬉しいのでしょうね。

何かほっとする食堂ですね。食堂って言葉の方が、レストランよりしっくりきますかね。

> 付け合せがケチャップ味のスパだったり、
> 昔お肉屋さんで売っていたようなポテトサラダだったりすると凄く嬉しくなります。

そうですねぇ。これはどこかで残っていて欲しい「形」だと思います。

> とっても温かい貸本屋さんのおばさんとのエピソード、短編映画のようにその情景が目に浮かんできました。

長文をお読み下さり有難うございました。なかなか理系なもので上手には書けていないと思うのですが、
このようにお褒めに預かると、とっても嬉しいです!!!

> おばさんは誰に演じてもらおうかなんて配役まで考えてしまいました(笑)
> 日本の若い俳優さんを知らないので、主夫太郎さんを演じる役者さんが思い浮かばなかったのが残念。

あれ、キャストの発表はないんですか?聞きたいなぁ。
おばさんは折角だから吉行和子さんとか市毛良枝さんとかでもいいかなぁ。
田中裕子さんは流石に綺麗すぎてカラカラ笑うのが難しいかな、いやでもいいなぁ。
ん~~~~~~、キャスト考えるの案外楽しいですねぇ、次から次へと出てきます(笑)

僕の役は、ちょっと今のアイドルでは難しいでしょうかねぇ。余りにもカッコ悪い役ですから。
あはははははは。

> 素晴らしいお母様をいつまでも大切にしてくださいね。

ありがとうございます。母は今回は電話出演だけでしたが、
本当に細かいところまで読んで頂き感謝いたします。ありがとうございました。

Re: No title

ぴよさん コメントありがとうございます。

> 奥様とご一緒に、
> 学生時代の思い出の地を訪ねられたのですね。
> ナポリタンに、サクッサクの大きなカツがのって
> デミソースが添えてある‘いしだ’、
> ボリュームがあって、おいしそう♪♪♪。

なかなかこういう風に勝とスパゲッティって組み合わせを思いつきませんからね。
おいしいんですよ!

> 薄焼きたまごのオムライスは、大好きです。
> ミニナポリタン付きのスペシャルが、嬉しいです。

はい、こういうところが消えてほしくないですよね。
豪華なのも、素朴なのもいいと思います。
素朴ってのは貧乏くさいのではなく、ちゃんと誇りがあるのがいいんですねぇ。

> 主夫太郎さん、学生時代の貸し本屋さんとの出会い…に、
> ‘赤羽は、第二のふるさと’を感じました。

ありがとうございます。貸本屋さんのお話読んで下さったのですね。
長文でしたからご迷惑をおかけしたとおもうのですが、
本当にありがとうございました。

Re: No title

あずもんさん コメント有難うございます。

> 思い出が詰まってますね♪
> コレを食べるときっとアノ頃にタイムスリップしちゃうんでしょうね♪

いや~ついつい過去にもどっちゃいました。
でも当時の総理大臣が誰だったかさっぱり記憶にないです。あははははは。
総理大臣って本当に偉いんですかねぇ。全然僕の人生に関係ないです。

> 並カツのポリシー素敵すぎます。

こういうところは真似したいですよね~。

> 私の思い出。
> 昭和の店は時代と共に完全に思い出となってしまいましたよ・・
> それもまた・・・ですね☆

ん~~~これからも思い出は作れますけど、
何故か昔の思い出より最近の思い出の方がセピア色になるのが早いですねぇ。
思い出は若いうちに作っておきたいものです。
ん~~~~来世は若いときにいっぱい勉強して、いっぱい遊びたい!
現世はまぁ、このままぐーたらとしてようと思いますけど(笑)

スペシャル☆

情緒の溢れる店構えが良いですね。
素敵なたたずまいに、同感です♪
娘さんのボーナスで購入されたカラフル看板が、
優しさを醸し出していますね(*^_^*)

カレースパって確かに難しいですね。
カレーをそのままかけるではなく作る、カレー味のコク出し。
主夫太郎さんなら何でも作れちゃいそうなんですがあえて苦手を謳うところが、苦手だらけの私に親近感を感じさせて戴きました♪

敷居が高い高級感あふれたお店より、レトロな雰囲気大好きです♪

No title

おはようございます♪

昭和の香りがするお店いいですね~。いっぱいのかけそばならぬ、いっぱいのタンシチュー、奥様も今でも思い出されるでしょうね。タンシチューがメニューから消えて本当に残念ですね。。

日本のこういうレトロな部分って大切にしていきたいですよね。

コメントありがとうございました。

流鏑馬は武田流と言っていました。よくご存知ですね! 流派があることすら、主婦太郎さんのコメントで初めて気が付きました♪

今日も良い一日を~☆

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