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石川台の天麩羅と年越しそば

2013.09.28 08:00|雑文
は~い!元女子高生のみなさ~ん!!
突然ですが、今日は重大発表です。

主夫太郎ブログ
上半期ベストコメント賞が決定しました!!

ベストコメント賞は

です!!(ぽちりで彼女のブログに飛びます)


審査員は毎日主夫太郎ブログのコメントをチェックしているカミさんです。

以下審査委員長の主夫太郎のカミさんのコメントです。

ベストコメントの対象になったコメントは、前回の記事に対するコメントです。「もしもし、わたし、わかる?」という軽快な薬師丸ひろ子ネタによる返しが勝手に朝ドラ見て盛り上がっている主夫太郎の記事を優しく、しかも粋に受け止めてくださっています。このやさしさ、妻として感謝しても感謝しきれません。ここ半年のコメントの中で主夫太郎のブログの文章に対する一番の愛情を感じました。また、冒頭に続く恋愛のお話が実に瑞々しく、適当なくせにやたらと濃い主夫太郎のブログに爽やかさを与えて下さいました。全然うれしくはないとは思いますが、平成25年度上半期主夫太郎ブログのベストコメント賞に選出させて頂きます。

とのことです。

アクセス数の少ない土曜日に発表になってしまいましたが申し訳ありません。
今日のブログは上のテンションとは全然違う内容です。まぁ、前から決まっていたネタだから仕方ないのよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日は去年の年越しそばが前半。おいなんで今頃年越しそばなんだよ!って思うかもしれないけど、今日の前半の記事はお料理ブログで後半は長文になります。後半の長文に合わせてネタを持ってきたので季節外れになったというわけ。

後半長文は、僕等夫婦の日記感覚で書いたもので、本当に長いから飛ばしちゃって下さって大丈夫です(土曜日ですし)。
これといったオチもないので。今日は読者さんを意識しない全く勝手な記事なのですが、そこのところご海容下さい。

師走のなんだか忙しいようなやる気のないような日、大みそか。

年越しそば汁2013

実はカツオと昆布をたっぷり使ってダシを取りました。ここはちょっとだけ女子力アピール。

ゆでそば2013

蕎麦は乾麺を茹でただけ。
大江戸天麩羅2013

天麩羅は買ってきました。

年越しそば二人2013

二人分のお蕎麦です。

年越し2013

おいしそうにアップで撮っておきますかね。今日の後半の長文はこの天麩羅を購入したお店のお話です。

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主夫太郎は「昭和からの贈り物」ということでいくらか文章を書いていますが、これもその一つとなりそうです。主夫太郎の読者さんは長い方が多いので皆さん読んでくださっている方が多いとおもうのですが、一応リンクを張っておきますね。(今後の更新の予定の言い訳と雑文昭和からのおくりもの(洋食いしだの食べレポ)と、その「続きを読む」の文章)


去年の7月に大阪から東京に引っ越してきて東急池上線の石川台という、特に取り柄のない駅を最寄の駅とする生活がはじまった。カレー屋が4件ほどあり、その点は悪くなかったけど、それ以外がどうもピリリとしない。スーパーも商店街もイマイチの活気。ちょっと主夫業をサボって外食するときに全くもって楽しくなさそうな外食事情..とガッカリかつ諦め感のあふれる街だなぁと感じていた。そんなとき、寂しい石川台の駅を降りていくらか急な坂道を下る途中に品のよいたたずまいの天麩羅屋さんがあるのをみつけた。

看板には「大江戸」とあり、いかにも江戸前天麩羅揚げてますという名前。カミさんがこのお店に一目ぼれしてある日入ってみることにした。カウンター8席、テーブル一つ(4席)の小さなお店。結構よぼよぼしたおじいさんが、その奥さんと思しき人と一人のお手伝いさんとでお店を切り盛りしていて、何かこの時点で少し好感がもてた。

天丼は1000円未満のものから1600円くらいまでなのだけども、夜のメニューはおまかせコース(1万円~)と随分幅が広く、ほう、こんなところで随分な値段設定だなぁ、というのが第一印象。お昼の定食は流石にちょっと安くて期待ができないから少し高めの定食を頼んで食べてみたところ、これがかなり美味しい。カウンターの向こうにいるご主人はたまにイライラとしながらも実に黙々と天ぷらを揚げていた。坊主頭の眼光鋭いちょっと億劫そうに動くご主人というのが僕の最初の印象だった。

そのあとしばらく経ってからカミさんと夜のコースを食べに行ったとき、おまかせコースはいきなりは頼みづらいので、そこそこのコースを頼んだのだが、他にお客がいなかったので奥様が我々に話しかけてきてくれた。どこに住んでいるのかとか、仕事は何をしているのかなどなど。

「僕は実は専業主夫やってます、仕事が嫌でやめちゃいました。カミさんは堅い仕事を続けているから僕の方は勝手をやって、今、鉄砲の許可とってハンターになろうとおもうんです」

などと言ったら、

「まぁ、面白い。お仕事やめて猟師さんになるの?」

と、どういうわけか話が弾みだした。寡黙なご主人だけれども、このあたりは面白かったらしく、幾分楽しそうにお話に参加して下さったのが意外だった。「猪や鹿を天麩羅にはあげたことはないなぁ」という当たり前のつぶやきが妙に面白かった。〆はかき揚げ天丼か、それともかき揚げをご飯で食べるか?と聞かれたとき、ご飯をお願いしたのだが、そのときに、僕ら夫婦がどこで出会ったの?などという質問が飛んできた。まぁ、隠すほどのこともないので、僕らも何の気なしに昔話を始めた。

「実は学生時代からの付き合いなんです。学生時代はお金もなかったんですが、こんな感じの天麩羅屋さんでデートしてたんですよ。高いコースを食べていたわけではないけど、当時僕が住んでた赤羽の天麩羅屋さんで。もうつぶれてしまったのだけども。あれ以来気に入った感じの天麩羅屋さんがなかなか見つからず、天麩羅屋さんでのデートというのをそれほどしてなかったんですが、今日はあの頃の雰囲気でデートが出来てよかった」

と感謝すると

「まぁ、学生時代に天麩羅屋さんでデート?変わってるわね~(笑)学生さんが天麩羅デート?あはははは」

と奥さんが随分と喜んでくれた。お酒もはいって饒舌になったので、少々の昔話をつづけてしまった。

「そういえば、あの天麩羅屋さんで一つだけ食べられないものがあったんです。僕等が行くころには、もうあまり流行ってなかったせいかメニューに斜線が引いてあったのだけども、『天茶』って奴で天麩羅のお茶漬けらしいのだけども.....ほうじ茶を使ってるらしくて....あれ、どんなものだったのかねぇ」

と思い出交じりで話たら(天茶のエピソードはこちらでどうぞ天茶(きりまりさんへの感謝と思い出と))今まで、天麩羅を揚げ終って下を向いてたご主人が

「ほう、天茶なんてよく知ってるなぁ」

と言って顔を上げた。あら、このお店にも天茶があるのかなとちょっと期待したら、

「うちにだって天茶あるよ」

とご主人が、天麩羅屋なら当たり前に用意してあるものだという語調で僕等に言った。

「やっぱり、ほうじ茶使うんですか?」

「いや、うちはカツオでダシを引いてそれをかける。うまいよ。今度きたら食わせてやる」

と職人さんっぽいしゃがれ声で言ってくれた。「次回は是非召し上がってください」なんてお客に媚びないあたりが実に昭和の職人さんらしくていい。奥さんがそれに付け加えて、天茶を注文なさるなら、いくら以上のコースを注文しないと手間がかかるから出せない、と丁寧に説明してくれたのだが、御主人が奥様の話を途中で切って、

「いや、おまかせ(コース)がいいよ。そうしな」

というもんだから次の来店は「おまかせコース」を食べることになって、お暇することになった。

店から出て帰る途中、カミさんは大喜びだった。初めて夜のコースを食べたそれほどお金持ちそうでもないお客に、次は一番高い「おまかせがいいよ」というのは少々強引な営業だとあとから考えると思うのだけども、全く嫌な気はせず、この清々しくも自信あるセリフに僕等夫婦は一気にやられてしまった。やっぱり自信のある職人さんは本当に気持ちがいい。「四の五の言わず」という感じはやっぱり昭和ならではないだろうか。


しばらく経ったある日、電話番号を知らなかったから直接お店に行き自分の名前とおまかせコースを頼むことと、最後天茶にしてくれることをお願いして予約を完了。それでもって楽しみに夜訪れた。天茶のことをしっかり覚えていてくれたし、またまた色々とお話をしてくれて、いよいよ天茶を頂く。かき揚げに澄んだだしがとてもおいしかった。

「20年思い続けて食べられなかったからねぇ、天茶。こういうものだったのか」

というと寡黙な職人気質のご主人も喜んでくれて笑顔を見せた。なかなか笑わないご主人が嬉しそうにしてくれるのはこちらもうれしい。奥様も

「まぁ、20年ね~。そんなに食べられなかったものを今日、よかったわね~」

と、なんだかみんなで天茶を初めて食べた僕等をお祝いしてくれる雰囲気になった。最後ご馳走さまと言って店をでるとき、あまりしゃべらないご主人が

「おれも、20年思ってたものを食べてもらってよかったよ」

とぼそりと言って少し笑った表情を今でもよく覚えている。

それからは大体、月一回くらいのペースで天麩羅を食べにいった。ある日、たまには夜ではなく、お昼に天麩羅を食べようと思ってカミさんと伺ったことがあった。席についておしぼりをもらったら、ご主人が

「なんだ、今日はいいふぐの白子があるんだよ。夜なら食べられたのに。用意して待ってると来ないなぁ。」

なんてちょっと残念そうに言う。まぁ、そうなると

「夜の方がいいですか?」

と僕は聞かざるをえない。

「うん。夜の方がいいな。夜おいでよ」

「おしぼりもらっちゃけど、じゃ夜また来ていいですかね」

「うん、うん、いいよ、それがいいや」

というので、我々はお昼を食べにきたのに、夜がいいということで帰ることになった。流石にご主人もお昼に来た客を夜に来いと言って帰らせたのは初めてだったのではないかとおもう。「それがいいや」といいながら笑いをこらえていたし、夜行くと「お昼は悪かったねぇ」と言っていた。この平成の世の中で、来たお客を帰してしまうお店があるだろうか。それだけ美味しいものをたべさせようという、職人気質なのではないかと、今では随分楽しい思い出だ。
なんでも御主人は昭和8年生まれ、銀座で店を開いていたらしいが年を取ったのでやめて、この石川台に引っこんできたらしい。なるほど美味しいし自信みなぎる言葉はここから来ていたわけだ。「うちは銀座の味だよ」というくらいだし、銀座の時代から通うお客もまだいるようだった。こんな具合だから、僕等は食事をするというよりは、なにか天麩羅を教えてもらいにゆく体になっていて、これはお店というよりは「昭和の天麩羅屋博物館」と感じられるようになっていった。

年末に伺って一通りお食事を頂いたとき、

「おい、年越しはどうするんだ」

と言ったきり奥に引っ込んでいってしまった。何のことかわからなかったけれども、奥様のお話によると

「年越しそばの天麩羅をうちで年末売るんだけども、そのこと言ってるんですよ。今年はやらないって言ってたのにねぇ。やることになったのかしら?」

とのこと。奥で一服してきたのかご主人がまた現れて

「ん?どうする?年越しは。」

と聞いたから

「お願いします」

というと

「ん」

と、クビをたてに振って短く返事をした。まぁ、あの状況では断る理由もない。で、作ったのが今回の記事の前半の年越し天麩羅そばというわけだ。
しかし、どうして急にやることになったのだろうか。奥様も「ころころと変わる」とは言っていたが、それにしても不思議そうだった。本当かどうかは別にして、「僕達の顔をみたせいで年越し天麩羅を売る気になったに違いない」という気分がよく、しかも都合のよい解釈を今ではすることにしている。

御主人は機嫌の悪いときもあり、

「これ、メゴチかな、キスかな」

なんてぼそりというと

「うるせいな、黙って食え。さかなだよ!」

なんて言うこともあってこれはこれで面白かった。もちろん奥さんのフォローが入ったりする。他の馴染みの客には「ばかやろう!生意気に...早いんだよ」などと言ってたりして、この切れ具合が職人さんらしくて非常に楽しめた。そんな光景をみるたびに、媚びすぎる現代のレストランと違う昭和の風が僕等に当たるのが嬉しくて嬉しくて、予算と相談しながらまた来ようと店を出るたびに思っていた。

そんな楽しい生活をしていたが、今年の5月か6月だったか、急に臨時休業のお知らせが店にはりだされていた。なんにしろ80のおじいさんが天麩羅をあげているわけだから心配なのだけども連絡の取りようがなくどうしたものかと思っていたら、奥様に石川台の駅で出くわした。予想はしていたが、御主人が倒れたそうだ。6月末にはお店を開けるつもりだという。僕はずいぶんホットしてカミさんにもそれを言うと大喜びだったが、一方で心配でもあった。予定より少しおくれてお店が開いたのだが、なんとか復帰したらしく、僕らも夜の予約をいれて行ってみることにした。すると、

「8月いっぱいでお店しめるのよ」

と奥さんがおっしゃる。これはかなりショックだった。やっと見つけたお気に入りの天麩羅屋さんがまたしても閉店だ。この時はなるべく多く通おうと思ったが、カミさんの仕事がこんなときに急に忙しくなり、色々と予定が合わないで伺うことができなくなっていた。

いよいよ営業の最終週になってしまったので、流石にこのままでは、と、僕は挨拶がてらお昼に天麩羅を食べに行った。すると

「カミさんと夜くりゃいいのに!」

なんてご主人は不機嫌そうだったが、奥様が「奥様のお仕事がお忙しいんだってよ!」とフォローしてくださった。お店をでるときに、ご主人は

「まだ、やってるからな、31日はまだ空いてるんだ」

という。奥様がとなりから「奥様がいそがしいんだってよ」と同じフォローしてくれたが僕は嘘でもなんでもなく、

「カミさんの仕事は忙しいけど、僕はまだあきらめていないのよ。もう一度カミさんと来たいとは思っているのだけどもでも、ちょっと分からない。でも、色々と教えてくださったのにこのままお別れも言えないのでは不義理なので今日はとりあえず、僕一人だけどもご挨拶にきました」

とあいさつをした。御主人はちょっとあらたまった僕に面喰い気味だった。なんとなく僕も丁寧にあいさつをしたつもりであったが、ただ、このままでは後味が悪いなぁ、という気になった。

そして天麩羅屋さん営業最終日8月31日土曜日。カミさんの仕事が忙しく、前日金曜日は午前2時の帰り。その日予定もあったが、体を気遣ってキャンセルし、それなら天麩羅屋さんに行こうと電話をしてみると、夜はいっぱいだそうだから、「じゃぁ、これから行きます」とお昼に伺った。もしかしたら、「夜に来い」と追い返してくれるかもしれないと期待したが今回は追い返してくれなかった。やっぱり最終営業日はいっぱいで、しかもきっと本当の昔からの常連さんばかりなのだろうと思った。数回しか行ってない僕等を随分な常連扱いにしてくれてはいたが、かえってお昼でよかったとも思う。

周りがお昼なので、天丼やお昼の天麩羅定食を頼むなか、僕らは「いいやつお願いします」と奥様にお願いするとニコリと笑って

「もう、いいエビがなくなっちゃったから、ちょっとだけいいやつね」

と、まぁ、お昼だけどおまかせにした(お昼のおまかせってのがあるのかどうか僕は知らないけど)。
天丼やおみやげの忙しい一仕事終えていよいよ僕等の天麩羅をあげるときに、ご主人がこっちを向いて、

「適当に揚げていいか?」

と聞く。奥さんは注文は取っていたが、ご主人は最初から勝手に揚げると決めていたらしい。

「お願いします。」

「今日はな、車エビはなくなっちゃったけど、ギンポといいハゼがあるんだ。ハゼは小さいけど、めずらしいな、この時期」

と言って揚げてくれた。考えてみると僕等が好きだった赤羽の天麩羅屋さんの最終営業日は僕等は行ったにも関わらず食べられなかった。大江戸の最後の営業日は夜にいただけなかったのは残念だが良い思い出で締めくくれた。

天丼をとうとう食べなかったね、と食事の途中でいうと、「じゃ、最後は天茶でなく天丼がいいいよ」とかき揚げの天丼がでてきて、これがとても美味しかった。甘いたれではなくしょっぱいたれだ。「大将のお父さんのときから継ぎ足してつくってるたれなのよ」と奥様が教えてくれて、初めてご主人が2代目であることを知った。丁寧に夫婦二人でいままでの御礼をもうしあげてお店をあとにしたが、赤羽の天麩羅屋さんのときの閉店の悲壮感はなく、本当によかったという思いでが残った気がする。

思い出が残った分なのか課題も残った。美味しい天ぷら屋さんをまたさがさなきゃならない。

でも、天麩羅屋さんの奥様が最後の食事のとき言ってくださったのは、

「うちが店閉めたら、きっとご主人がいっぱい練習して美味しい天麩羅揚げてくれるわよ」

さて、魚の目利きと天麩羅の練習を沢山するか、新しいお店を見つけるか。しばらく思案することにしようと思う。このお店、通い始めて一年もたたないが四半世紀も前に終わった昭和の雰囲気を十分味あわせてもらった。僕等の憧れた昭和が消えていってしまったのは本当に残念だが、80歳のご主人が天麩羅を揚げるという店に出会えた奇跡に感謝して、心の端っこに幾分残っている昭和への憧れを少しだけ削り取ることにしようと思う。


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